蛙、大海を知り、それでもなお泳ぎ続けよ

個人的に新しい何かを始めたいとなりやすい性分なわけだが、最近新しいものを始めることに対して、気後れしている自分がいる。

  • 時間が確保できないのではないか?
  • 継続できないのではないか?
  • たいして上達しないのではないか?
  • 上達しても、上には上がいて、絶望してしまうのではないか?
  • みたいな気持ちになって、時間の無駄になってしまうのを恐れている。

    新しいことに挑戦することは、自分にとって良いことだと思うし、やったほうが良いことは間違えないのだけれども、どうにも踏ん切りがつかない場合がある。

    0から何かをやると言うのは、コストが高いし、それであればもっと楽な何かを取り組みたいと思う自分もいたりする。

    アメリカでは汗を書いて一生懸命やることが美徳とされるような仕事の価値観が崩壊しているらしい。ふと、自分を引きつける楽な何かは、そのアメリカの感覚に近いと思った。

    社会の価値観が、以下に仕事を楽にこなすか?が仕事において重要な指標になってきている。自分もその価値観を少しは持っている。某インフルエンサーの影響も大きいと感じているし、自分もその影響を少なからず受けている。

    こうなってしまったのも良くも悪くも、知ることをしてしまったからではないかと感じている。様々な事を知ってきているおかげで、どれくらい大変かを考えられてしまう。知は時として足かせになるのだ。

    だが、自分としてはやっぱり何かを一生懸命にやれる人を尊敬できる自分でいたい。自分もできるならそちら側でいたいと思う。(非効率なやり方、的を得ていない様な行動を良いと思っているわけではない。)

    まぁ、何を書きたいかというと、自分はたとえ大きな挑戦はできなくても、小さな挑戦はし続ける人間でありたい。楽をすることは悪ではないし、むしろ推奨するような考えはもっている。しかし、楽でない事が理由で、新しいチャレンジをすることを止める、ということはやめたい。

    結果を出すことは重要だ。また、結果をすこし出せたとしても、またその先に見えた大海に絶望してしまうときもある。しかし自分はそれでも大海に飛び込んでいきたい。海の先にある何かを掴もうとするプロセスが人生を豊かにしていると信じたいから。


    これを書いた背景には以下の趣旨の意見を聞いて、自分で考えるものがあったから。

  • これまでの環境もあり、もうこの年になると自分が達成できないことが、ぽつぽつと見え始める。
  • 楽こそが仕事にとって重要。仕事で頑張ることは非効率的である。
  • 知る悲しみはあるが、知らない人生より、知る人生は良い人生である。
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